仏教とコーチングの親和性

今日は寺院様との打ち合わせでした。
少し前より、檀信徒様向けのプログラムについてご相談いただき、打ち合わせを重ねてまいりました。いったん落ち着き、本日は振り返りをしたり、語らいの時間となりました。

この語らいの中で、非常に刺激を受けましたので、少し書き留めたいと思います。
わたしは今、コーチング的アプローチに加え、そこにどのようにスピリチュアルなものをとりいれていくのが良いのか、模索しています。わたし自身が、仏教哲学からスタートし、コーチングにたどり着いたという経緯があります。

仏教が寺院や儀式儀礼として完成させたフレームアプローチと霊性(スピリチュアル)の力。一方で、クライアントの課題に対して、コーチングで行っている効果的なアプローチ。
これらを融合したり、上手に取り入れることが、これからは当たり前になるのではと考えています。

寺院様とのお話を進めるほどに、仏教とコーチングの目指すところ、行っていることとの親和性を改めて感じました。
人の苦悩や幸せに対し、根源的な課題は同じであり、その「気づき」に至るまでをどう促すのか。それを取り除くためにどうアプローチするのか。それをどのように表現するのか。そしてどんな場をつかって行うのか。ただその違いだけなのだと、感じています。(あくまでも、わたし個人の所感です。)

仏教の秀でた点が浮かび上がります。
長年かけて培ってきた、完成された儀式の偉大さ。寺院という空間・勤行や祈祷などの儀式には、耳(お経・音の振動)、鼻(お香のかおり)、目(所作・儀礼)の五感に作用するのはもちろんのこと、やはり僧侶が世代を超えて培ってきた長年の知見、それは霊的な力となって作用し、現代的なアプローチで必要な時間やエネルギーを、軽々と超えるチカラがあるのを感じるのです。
現代的な言葉であえて表現するならば、「人間力」「転地効果」などとも言えるのかもしれません。(一部しか表現できていませんが…)

また、コーチングの秀でた点も多いのです。
まず、現代的な表現で関わること。感覚値を言語化できるように促していくこと。それにより、「自覚的に」「自発的に」行動できる。「自分の言葉で」表現できる。徹底的に自分ごととして取り組むように促していきます。その結果、自分自身で課題と出会い、解決方法も自分で決め、自ら行動して得ていきます。

どちらにも利点があり、そして同時に、弱点もあります。
それぞれの有効性を理解し、意識的に両方を使う。
それが現代に生きる、私たちが得られる特権なのではないでしょうか。

知見の集大成である宗教的アプローチ
エビデンスや統計論を用いた現代的なアプローチ

マインドフルネス(瞑想や禅の知見)が受け入れられていったように、仏教寺院に蓄積された知見が、より現代的な表現となって、私たちの日常に効果的に取り入れられていく日は近いと思います。

ほしのオフィスでも、転地効果や森林セラピーなどを取り入れた、ビジネスリトリートの企画をしています。転地効果や森林セラピーなどはエビデンスのあるものですが、実は、すでに神社仏閣で取り入れられている手法でもあります。

どちらかが正解。ではなく、どちらも正解。
仏教的アプローチを、わたしの拙い理解ではありますが、可能な範囲で現代語訳しながらお伝えしていきたいと思います。


先日、採用人事に長年携わる方のお話を伺う機会がありました。
就活生にとって重要なことはなんですか?とお聞きすると、その方は躊躇なく「自己理解」とおっしゃいました。自分の過去の出来事の喜怒哀楽がどんな理由からきているのか、自分の言葉で表現し、だから今後こうしたい、と言えることが大事なんだそうです。

わたしが卒論でテーマにした「大日経」というお経のなかには、こんな一文があります。
如来の智慧とは何か?という問いに対して、「実の如く自心を知ること(ありのままの自分のこころを知る)」である。
先年以上前には、現在のような、自己理解のアセスメントはない時代。種々様々な「神仏」によって、「個性」というものも表現されていたのかもしれません。
(実はこの発想が、仏をストレングス的に分析してみる、仏プロファイリングに繋がっています。)


現代は幸いなことに、ストレングスファインダー®を含め、自己理解に役立つ様々なアセスメントがでています。なんと、幸運な時代でしょうか。
まず、自分をしること。それがすべての道に通じているのかもしれません。



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